すこしまえに 絵コンテを描くのがすき と 書きましたが その昔 たとえばとりとめもなく スケッチブックに ずっとこんなものを描いていました!その一部です。確か線のほうは(樹) をテーマ 着色したものは(葉) をテーマにしたものだったと思います。
今回のライブの絵コンテは もっと雑なものでした。むかしは時間があったのだ と これまた(発見)です。
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2010年5月21日金曜日
2010年5月19日水曜日
驚きももの記 家元ライブ In 広島
会議の後 もう一度案を練り直そうと思った私は (もう何案か考えてみます)といったものの 当日 舞台の上であたえられたこの40分 どう展開したらいいか 机に舞台の見取り図を広げていました。 来てくださった方たちに (きてよかった!)という気持ちになっていただくにはどうしたらいいのだろう。
規模は小さいですが 教室をしているものにとって 来た人がいい時間がすごせたと思ってくれることが 自分にとって もっともうれしいこと。 それと同じことでしょう。
振り返って 今まで家元ライブで 出演をなさった諸先輩の一番のハイライト そのシーンはどれだっただろうかと思い返しました。それは 各々の作品を通じた独特の色使いだったり 御所車にはかま姿の先生お二人によって美しく力強くいけられた花たち 紙管という材料を効果的に使ったり 天井に張られた網からのぞくオンシジウムの黄色 あるいは竹を 大胆に使い舞台のバトンからつるし 揺らした影にみんながわいたこともありました。各々の講師がさまざまな 表現をしてきました。自分の記号を持っていました。
さて私。何をすべきかは この50年 草月いけばなにかかわってきた自分の歴史の中に 答えを探そうと思いました。この50年は誰のものともちがう。何かヒントが無いだろうか。
海外で 花材に苦労したこと、器が思うようなものがなかったこと。もちろん ああ しまった!という経験もたくさん。反省の数々、国内でも同じこと。でもそれが全部自分の財産。
これ ちょっといい自分の棚卸しかも。
私でなければできないこと。花材の使い方 広島 うーーん。
コピー用紙の デッサンの山ができ 我が家は 泥棒の入った後のようになったのでした。
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規模は小さいですが 教室をしているものにとって 来た人がいい時間がすごせたと思ってくれることが 自分にとって もっともうれしいこと。 それと同じことでしょう。
振り返って 今まで家元ライブで 出演をなさった諸先輩の一番のハイライト そのシーンはどれだっただろうかと思い返しました。それは 各々の作品を通じた独特の色使いだったり 御所車にはかま姿の先生お二人によって美しく力強くいけられた花たち 紙管という材料を効果的に使ったり 天井に張られた網からのぞくオンシジウムの黄色 あるいは竹を 大胆に使い舞台のバトンからつるし 揺らした影にみんながわいたこともありました。各々の講師がさまざまな 表現をしてきました。自分の記号を持っていました。
さて私。何をすべきかは この50年 草月いけばなにかかわってきた自分の歴史の中に 答えを探そうと思いました。この50年は誰のものともちがう。何かヒントが無いだろうか。
海外で 花材に苦労したこと、器が思うようなものがなかったこと。もちろん ああ しまった!という経験もたくさん。反省の数々、国内でも同じこと。でもそれが全部自分の財産。
これ ちょっといい自分の棚卸しかも。
私でなければできないこと。花材の使い方 広島 うーーん。
コピー用紙の デッサンの山ができ 我が家は 泥棒の入った後のようになったのでした。
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2010年5月16日日曜日
2010年5月9日日曜日
驚きももの木 家元ライブ in 広島 絵コンテ好き
家元と 関係スタッフとの会議があったのは 春のきざしを 感じ始めた頃だったでしょうか。
その日までに 絵コンテを仕上げなければなりませんでした。映画の黒澤明監督の絵コンテは有名ですが 各シーン 簡単な絵を書き 全体のイメージを明らかにしていくものです。
(先生!ひょっとしたら 家元のアイデアと一部だけですがかぶっているかも)
と 事業課のMさん, (え!ほんとう!?)といったのが会議の当日でした。
(早くいってよ!!!!)と心の中では思ったのですが 彼女にしてみてもふたを開けてみないと はっきりいえない ということがあったかもしれません。会議では確かにほんの一部ですが 方向性が少しかぶるところもありました。そして さすが家元の案は きっちりと抑え ダイナミックで明確でした。 できる できない とか フワッとしか考えていなかった私は 詰めの甘さを反省しました。
(わかりました。ここの部分は何案か代わりをだして 次回ご相談させてください。)
会議でさらりといった背景には 2つの理由がありました。ひとつはまじめな理由で。もうひとつは そうでもない理由で。
後の理由というのは 実は絵コンテ のようなものを描くのは大好きなのです。書いていると時間を忘れます。いくつもいくつも 同じものが次のシーンにとう変化していくと描くのは 苦になりません。
(でも展覧会開催の2ヶ月前までに 作品のデッサン提出 というの苦手ですよ。生の花の場合)
私が何をしているのか明確に分からない友人知人に これではいけないと いけばなのデモを見せようと 四季の花材を使った ごくごくプライベートなデモシリーズをはじめて 3回になります。大掛かりではないというものの 絵コンテを毎回描いていました。舞台で誰がどこに立ち できた花はここにおき 次は これが移動してーーーなど想像してかいていく、これが結構楽しいのです。
振り返ってみれば 子供の頃 退屈な授業は 先ずは先生の似顔絵 次に鉛筆でなんだか分からない形のいたずら書きーーをよくやりました。それが自分で気に入ると 次々発展し描いていきました、もっとさかのぼって 幼稚園の頃は へんな線の絵を描き 人をつかまえて画用紙の外にある(当然自分しかみえない)というものまで説明して (これはピカソ)といっていたそうです。
絵コンテ好きは どうもこの頃に根があるように思います。
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その日までに 絵コンテを仕上げなければなりませんでした。映画の黒澤明監督の絵コンテは有名ですが 各シーン 簡単な絵を書き 全体のイメージを明らかにしていくものです。
(先生!ひょっとしたら 家元のアイデアと一部だけですがかぶっているかも)
と 事業課のMさん, (え!ほんとう!?)といったのが会議の当日でした。
(早くいってよ!!!!)と心の中では思ったのですが 彼女にしてみてもふたを開けてみないと はっきりいえない ということがあったかもしれません。会議では確かにほんの一部ですが 方向性が少しかぶるところもありました。そして さすが家元の案は きっちりと抑え ダイナミックで明確でした。 できる できない とか フワッとしか考えていなかった私は 詰めの甘さを反省しました。
(わかりました。ここの部分は何案か代わりをだして 次回ご相談させてください。)
会議でさらりといった背景には 2つの理由がありました。ひとつはまじめな理由で。もうひとつは そうでもない理由で。
後の理由というのは 実は絵コンテ のようなものを描くのは大好きなのです。書いていると時間を忘れます。いくつもいくつも 同じものが次のシーンにとう変化していくと描くのは 苦になりません。
(でも展覧会開催の2ヶ月前までに 作品のデッサン提出 というの苦手ですよ。生の花の場合)
私が何をしているのか明確に分からない友人知人に これではいけないと いけばなのデモを見せようと 四季の花材を使った ごくごくプライベートなデモシリーズをはじめて 3回になります。大掛かりではないというものの 絵コンテを毎回描いていました。舞台で誰がどこに立ち できた花はここにおき 次は これが移動してーーーなど想像してかいていく、これが結構楽しいのです。
振り返ってみれば 子供の頃 退屈な授業は 先ずは先生の似顔絵 次に鉛筆でなんだか分からない形のいたずら書きーーをよくやりました。それが自分で気に入ると 次々発展し描いていきました、もっとさかのぼって 幼稚園の頃は へんな線の絵を描き 人をつかまえて画用紙の外にある(当然自分しかみえない)というものまで説明して (これはピカソ)といっていたそうです。
絵コンテ好きは どうもこの頃に根があるように思います。
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2010年5月4日火曜日
驚きももの記 広島への道 ちょっと寄り道 ルーシー リー展

陶芸ではどの作家が好き?といわれれば,まちがいなく私はルーシー リーをあげます。
一番最初に彼女の作品に出会ったのは 1989年 当時 草月会館のなかにあった草月美術館での展覧会でした。
(イッセイさんが 好きでね。とてもいいよ。)と 前家元の勅使河原宏先生が ぜひ見なさいとみんなに勧めていたのを覚えています。確か会場構成も三宅一生さんでした。
私は一目で魅せられてしまいました。
シンプルで 繊細で 色が美しく 暖かく こちらに押し付けない静けさがあり 回りの空間まで軽くしてしまうような そして 女性作家の華がありました。
今回の展覧会で 時間を忘れてみた 映像に映った彼女は 品のある人でした。そして若い頃から年代順に並べられた作品に 彼女の一生を貫いた(ぶれないもの)を見た思いがしました。それは今の私に 強いメッセージとして 発信されているように思えました。重い図録と作品をのせたクリアーファイルを買って帰りました。会期中にまたいってもいいかなと思いながら。
もちろん クリアーファイルには 広島の家元ライブの書類を入れることにしています。
[ルーシー リー展は 東京の新国立美術館で開催中、この連休はあいてますが 6日木曜は休館、いつもは火曜休館です)
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2010年5月2日日曜日
驚きももの記 家元ライブ in 広島
連休で都会も静かです。
今日は思いついて 舞台の模型を作ることにしました。
といっても実に アバウトな模型です。
何事も適当という評判のある私が きっちりしたものを作れるはずがありません。
でもいいのです。きちんとしすぎると 不思議に考えがわいてこないのです。セロテープをはるのも ぐしゃぐしゃ。線引きも許容範囲なら まがってよしーーという 実に (ゆるい)模型が出来上がっていきます。
今日であと2ヶ月に迫ったとなると 追いかけられる気がしてきました。いかん、いかん。
これでは 客席で見る人もどこか窮屈な思いがするでしょう。。。。といいつつ 制作にかかるのは 少し周りを片付けてから。。もうここで挫折です。
少しCDでもきこうかなあーーとまた ぐずぐず。不思議なことにこういうときのBGMは スペイン語がいいのです。つまり ラテンですね。それも軽いもの。ボサノヴァも悪くないですね。アイデアがわきだすと オペラのCD たとえば(道化師)などをきいたり、トスカ などがよろしいようで。やらないでどうする!この心に秘めた思い!」などと発破をかけられる気がするのです。
でも気がつくとCDが 終わったのも知らないで制作に没頭している。--これが私の理想的な制作の体制にはいる順序です。
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今日は思いついて 舞台の模型を作ることにしました。
といっても実に アバウトな模型です。
何事も適当という評判のある私が きっちりしたものを作れるはずがありません。
でもいいのです。きちんとしすぎると 不思議に考えがわいてこないのです。セロテープをはるのも ぐしゃぐしゃ。線引きも許容範囲なら まがってよしーーという 実に (ゆるい)模型が出来上がっていきます。
今日であと2ヶ月に迫ったとなると 追いかけられる気がしてきました。いかん、いかん。
これでは 客席で見る人もどこか窮屈な思いがするでしょう。。。。といいつつ 制作にかかるのは 少し周りを片付けてから。。もうここで挫折です。
少しCDでもきこうかなあーーとまた ぐずぐず。不思議なことにこういうときのBGMは スペイン語がいいのです。つまり ラテンですね。それも軽いもの。ボサノヴァも悪くないですね。アイデアがわきだすと オペラのCD たとえば(道化師)などをきいたり、トスカ などがよろしいようで。やらないでどうする!この心に秘めた思い!」などと発破をかけられる気がするのです。
でも気がつくとCDが 終わったのも知らないで制作に没頭している。--これが私の理想的な制作の体制にはいる順序です。
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2010年5月1日土曜日
驚きももの記 家元ライブ In 広島

この連休 皆様はいかがお過ごしでしょうか。
わたしは広島に向けて じっくりと案を練ろうと どこにも出かけない覚悟をきめました。。。
しかし 先ず朝の空気を十分に吸うべく早朝の皇居一周をしようと思い立ちました。
朝日のあたる新緑が眼にまぶしく 桜もさくらんぼうをつけていました。[写真)一人前に少し赤みを帯びてきていました。もみじの若葉の色は本当に美しい。一句ひねろうかというものです。
万緑や ああ万緑や 万緑やーーーーん?どこかできいた!
犬の散歩や ジョギングのひとも、さすがにこの時間はまばら。この目の前に広がる美しい道は私のトレーニング専用と思うとぐっと贅沢な気分に。
ふと思い出しました。ウイーンに行ったとき 郊外に足を伸ばしました。もう少し夏に近づいていましたっけ。この道はベートーベンが 交響曲六番 [田園)の曲想を思いついたところです。と紹介された道。
ここ東京も 皇居を囲む美しい公園や道や木陰。ベートーヴェン様 なにとぞ、私にもインスピレーションを!!!
まあ 人頼りでは だめですね。家に帰って 真剣に考えよう--とおもって 今日で3日 皇居まわりを 早朝ウオーキングしている私です。
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