2008年7月29日火曜日

驚きももの記


               
                
                      私も真剣です。
                      ちゃんと伝わっているかしら?
                      でも スマイルは 忘れずに!!
                 

驚きももの記

こんなにも 熱心に見つめられるのですから 

2008年7月28日月曜日

驚きももの記 ドイツ Naurodにて

ドイツ フランクフルトの近く Naurod のセミナーの参加者の皆さんです。ドイツ各地のみならず ヨーロッパ中から あつまってきてセミナーハウスに3泊4日 朝 昼 晩とお食事も一緒、いけばな三昧の日々でした。いけた作品も力作がたくさん、。

2008年7月27日日曜日

驚きももの記

夏休み真っ只中のかたも 多いことでしょう。
一昨日 会館から プライベートレッスンの依頼。
フィンランドから メールで申し込まれたのは ご主人で 奥様がレッスンをなさるということでした。l

手に地図を持って現れたのは リュックを背負った若い男性と 夏らしい白いスカートが似合う金髪のエレガントな若奥様。ご主人は 
(では あとで!)とお出かけになる。 
(こんなにたくさん花器があるなんて感激!)
と 彼女は花器棚を上から下へと見ていって 花器をあれこれとりだし迷ってしまう様子。 やがて花材を決め 私のアドヴァイスとともにいけあげ その2作を写真にとり ふと時間を見ると ご主人と約束の12時近く。
 (もうこんな時間!ここは何時間でもいられるわ!)
と 青い瞳がきらきらと輝いていました。。

それもそのはず 彼女に秘密でご主人はこのレッスンを母国から予約なさり この日本への旅行で いけばなが大好きな奥様に サプライズのプレゼント。ここに到着するまで この朝は どこに行くの? 何をするの?ときかれても だまっていたそうです。いい思い出になったことでしょう。いいなあ やはり日本の男の人にはなかなかできないことですね と海外部のお嬢さん。みんなひとしきり 素敵なご夫婦の話でもちきりでした。。

私にはもうひとつうれしいことがありました。それはこの若いマダムが習っているフィンランドのハイデイさんを私は知っていて そのまた先生にあたるリサは現役の18年間 日本にフライトがあるたびに私のクラスに来ていたフライトアテンダント。彼女はリタイアーしてから ずっと幅ひろくフィンランドで活躍、 教室も開いていて この間も私がうかがった ドイツ ナウロードのセミナーでもご主人と一緒に参加して下さり 3ヶ月ぶりに会ったばかり。。つまりこの若奥様は私の(ひ孫弟子)になるわけです。

ひ孫というと とても年をとったような響がありますが ひ孫弟子は 大いに結構と思ったのでした。


  

2008年7月26日土曜日

驚きももの記


遅くなりましたが 新宿の高島屋の6月の草月展の作品です。花器は写真とサイズだけが知らされて 当日 はじめて本物を前にしていけるというもの。草月会の所蔵品の 岩田藤七作(1960)という事で 粗相がないよう 終わるまでどきどき。写真では ピンクに見えたガラス花器は実は茶色に近く 花材を当日その場で変更。花材は3月から ずっと水につけておいてもらった姫水木の枝と ベゴニアです。ベゴニアは折れやすく 毎朝いけかえ 3日で5鉢を使うことに。剣山も入らず 何も止める道具は使えないだろうーという予測は当たり 姫水木の枝を花留めと 構成の一部にしようという計画は大正解。
作品は私にしては 可愛らしい(?)といわれました。
(じゃ いつもはなんなのだろうか???)
     

2008年7月21日月曜日

驚きももの記  無駄遣い?

暑い中 足をのばして買い物に行きました。帰りに履物やさんの前を通ったとき そう、そう、と思い出すことがあり中に入ってみました。確か それを作ることがあったら ほしいので おついでの時で結構なのでよろしく、と ずっと前にそこで草履か バックを買ったときに お願いした記憶があるのです。

浴衣をきりりと着こなしたご主人が 注文帖の大学ノートで去年の分まで 見てくれたのですが 私の名前はなく 改めてオーダーしました。
それは芸者衆が履く下駄で 黒の地に真っ白な鼻緒がすげてある、 その鼻緒の元がちょいと赤くて (丹頂)という名前がこの下駄にはあるそうです。鶴の丹頂に似ているということなのでしょう。 ちょうど私が見たときに お姐さん達の会があって おそろいであつらえたということでした。そして 銀のエナメルで名前が書いてあり それはみんなが同じ下駄なので間違えないように ということなのでした。

見たとき私はすぐにほれ込みました。
こんどは しっかりと 名前も 光加 と入れてもらうことにしました。
お名前入りなので お代を先にーーとご主人に言われ 買い物の帰り いくら持ち合わせが会ったかしらと心配が頭をよぎったのですが その額に2度びっくり、思っていたよりはるかにお安いものでした。

この下駄 履いて ドタドタと かかとをつけて歩くのでは さまになりません。つま先でちゃっちゃと歩くぐらいでなくては。そんな人はたとえばどういうのかなあーーそう 小股の切れ上がったーーという言葉もありましたっけ。

私はこれをはかないで 玄関に置いておくつもりです。
くたびれて帰ってきても 玄関でこれを見るとしゃきっとするかしら。
だったら あながち無駄遣いともいえないな、と 無理やり 理由をつけている私なのでありました。


 







 

2008年7月19日土曜日

驚きももの記  暑中お見舞い申しあげます。

たった2日ですが 暑さしのぎのお招きを受けていった山には もう萩の花が咲いていました。

少し時間ができたので 前に書いたブログを見直していましたら コメントをいただいておりました。
皆様ありがとうございます。読んでくださっているとわかり とてもうれしいです。
これからこのおブログにも写真も入れていこうと思っています。

クーラーだけではなく 京都の祇園であつらえた 名前をいれてもらった 団扇をもちだして さかんにあおいでおります。皆様にも風をお送りしたく どうぞこの夏もお元気でお過ごしください。

驚きももの記  ヨーロッパ 仕事がはじまる

カナダから帰って 一ヶ月もしないで行ったヨーロッパーージュネーブ、パリ、フランクフルト そしてロンドン。

それぞれの土地で いけばなの教科書の説明と 私のデモンストレーション、その次は参加者がいけて 私が講評をするーといった形式がとられたのでした。
 一ヶ月前は 朝 ホテルの窓から 明けゆくレマン湖の対岸に かすかにピンク色に染まるモンブランを毎朝見ていました。 時差から来る早起きのため そして眠れなかったためなのですが それにしてもあの夜明けのピンクのモンブランを見ていると 何か幸せな そして得をした気持ちになった、と 東京の暑さのなかでカレンダーの日付がどんどん進んでいくのを見ながら 思い出します。

 そのモンブランが お昼には薄くかすんで見える会場は ジュネーブの市街を少し離れた 集会場。周りは 邸宅もありますが 白ワインを生産するブドウ畑もある そして少し行くと 有名なチョコレートのお店もあるといったところ。ここにジュネーブのほかに チューリッヒ バーゼル ベルン といった スイスはもとより  アルゼンチン ヨルダン チリなど 海外からも参加者をむかえ セミナーが 行われたのです。 熱心な参加者の方たちは 遠くからおいでのかたたちは おのおのホテルに分散して宿泊 あるいは友人の家に泊まりながら このセミナーに参加しました。

スイスの支部に派遣されるのは これで何度目でしょうか。
いつも感心するのは 海外の人たちのいけばなに対する 熱意です。 そして 日本のいけばなを習っているという誇りです。
早めに会場に到着すると もう参加者が 集まりはじめていました。
はさみや花器を入れた箱やバッグを 車のなかからひき出す人たち 花材を大事そうに運び込む人。その車を見ている私に(いけばなをする人の 車はこうなのよ。いつも汚くてね。)と笑うメンバーたち。その傍らを 水切りをされた花材のバケツから 研究会に使用する オーダーした花たちを最終点検する役員たち。
参加者の名簿のチェックは こちらですよ!と デスクのところで呼んでいる係りのメンバー。
懐かしい人たちの次々の到着に まあ!と声を上げて 思わず hugg and kiss .えーと スイスの挨拶のキスは 頬に 右 左 右と 三回だったかしら と 前に来たときの 記憶をたどりはじめれば それが 私の中での 仕事への起動がはじまるとき。 責任もひしひしと感じ 何かをつかんだ、きてよかったという気持ちで またそれぞれの教室に帰ってほしいと願う気持ちは 増すばかりなのです。
 昨日 リハーサルをした花材は うまく水が上がっているかしら。
(先生 のど渇きませんか?ここにおいときますね。)とペットボトルをテーブルに置いてくださる役員の方。日本から持ってきた はさみ ワイヤー ペンチーーをだし さあ はじまりです。




 






 

2008年7月10日木曜日

驚きももの記 ロンドン

  旅も大詰め、10年ぶりのロンドンは 青く高い空が 迎えてくれました。
支部が久しく途絶えていたロンドンに私が行くことになったのは 教科書の説明と 実際にそのテーマをいけてみせるデモンストレーションという催しをするためでした。 各師範はもちろん 前に習っていた人でも 東京の本部は記録のあるメンバーをさがし イギリスじゅうによびかけていました。
そして これを機会に各師範が生徒を連れて集まり  ロンドン支部が発足という運びになっていました。


着くとすぐ 今回の出席者のリストを渡されました。
ああ あの先生 このベテランの師範も来てくださる と リストの名前をなつかしく見ていると (今は 習っていないが 昔 東京で習ったことがあり 先生はとても若い方だったが 確かにその名前だと思うのだけれど  出席は可能かとのおたづねもありましたよ〉と いわれました。

さあ。。。。 だれかしら?
毎年 外国の各地からクリスマスカードをいただいていたけれど私の2度の引越しで 交流が途絶えてしまった方の何人かの一人ではないだろうか。リストの名前をたどっていくと 一人の名前のところで 私の視線はとまりました。ひょっとしたら。。。

セッションが始まる時間は午後でした。早くいらした中には サンドイッチを持参のかたもおいででした。その名前は 確かに記憶の隅で 信号を発しだしていました。
年から考えるとこの方かしら。何人かの中で  一人ですわっていた老婦人を私は見ていました。
いや 違う とすぐに心の中で 打ち消したのは 若い日のその人が ひかえめでしかも エレガントな奥様。、 そして確か髪をショートカットにしていた、と 小さなことががだんだんとよみがえってきたからでした。もちろん顔は覚えていません。でもそんなにお年かしら。あれから何年になるのだろうか。

セッションは説明とデモンストレーションで2時間半 その後にいくつかの質問で終わりました。
リストには名前はあったけれど 今日はおいでにはならなかったのかしら。
終わってから 思い切って壇上から参加者に呼びかけました。この中で Mrs. Mは どちらかにおいでですか?
(はい!)前から2番目の列のはしにすわっていたそのひとは 立ち上がりました。思っていたよりずっと若い奥様でした。
[しばらくです ! まあお元気で。!]そして二人から同時に出た言葉は (ちっとも変わっていないわ!)
お互いに年はとりました。でも彼女の なんともいわれぬ気品のあるエレガントさはそのままで 私はそれが何よりもうれしく思いました。
彼女は [これ!]と差し出したのは 私がまとめた英文のエッセイ集、そしてそこには インクの色も薄くなってはいましたが 私の字で1972年という年と私の本名でのサインがありました。

彼女は 日本から帰国してから テニスで有名なウィンブルドンに住んでいること。帰ってから お子さんが生まれ 育て上げて --[だからいけばなは ずっとしていないのだけれど 今回呼びかけてくださって。 絶対にあなただろう この名前は 先生にちがいないって。もう 絶対出席しようと思って。
そういうと ( ねえ 誰かに写真を撮ってもらいましょうよ。チャールスにみせたいわ!)

そういったとたん わたしのなかで 36年という時を飛び越えて あの六本木の教室でのことがよみがえってきました。いつもCharles とご主人を呼んでいた おそらく新婚だった彼女。当時日本では 人の前でご主人のことを名前で呼ぶことはなく 私は 彼女の 呼び方をいいものだなあと思って聞いていたものでした。
 ご夫君と二人で仲良く変わらず暮らしている それが彼女を 年など飛び越えて 素敵な奥様にしているのでしょう。

そして私は いけばなって面白いんだ と伝えようという 若いときのがむしゃらな日々が 決して無駄ではなく 今その答えを与えられたような気がしました。Where there is a will, there is a way. (意志あるところに道はひらける) 久しぶりにそんな言葉も思い出しました。

(子供たちも手が完全に離れたし 又機会があればはじめたいわ)

私はそのとき たった今終わったデモンストレーションで使った はさみを手にしていました。
(これは もう前の国で 何度も使ってきたから新しくないけれど 又はじめるのには まだ使えるでしょう。 上手になってきたら もっといいはさみを手に入れてね。)
私は 彼女にはさみを手渡しました。
(まあ。。)
思わず 両方から抱き合いました。

あんなふうに年をとりたい。 そんな人が 又一人増えました。










 

2008年7月5日土曜日

驚きももの記  ヨーロッパにて

ヨーロッパ 4箇所の仕事をおおせつかり 今朝帰ったところです。
この旅でもいろいろなことがありました。
懐かしい人たちにも 会いました。

その一人が チリから 来てくださったB夫人。彼女は夫君とのヨーロッパ旅行を 延長して一人のこり スイスのジュネーブでおこなわれたセッションに来てくださいました。彼女のことは いけばな南米の旅 で チリのところで登場しますのでお楽しみに。

そして 36年ぶりにあった英国人のMさん。私がまだ六本木で教え始めたころの生徒です。今ではいけばなから 遠ざかっているというのですが 今回の呼びかけで ひょっとして ふくしまとは 日本で習ったあの若い先生のことではと 問い合わせをしてくれたそうです。会えるとは夢にも思いませんでした。詳しいことは 又改めて 書こうと思っています。 
ヨーロッパに比べ 日本は蒸し暑く びっくり。 皆様もお大事に。